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亀甲縞大売り出し! 杉立治平の知略

 講談で「亀甲縞」「亀甲縞治兵衛」「藤堂家の名物男」などと語られている話がある。

 藤堂家の財政難が、一家臣の機転で救われたという痛快な話だが、主人公・杉立治兵衛は実在の人物である。まずは、物語の内容を「講談全集 第6巻」 大日本雄弁会講談社 編 1929から引用する。



「亀甲縞治兵衛」

昇龍斎貞丈 演


元禄の後を受けて、正保、享保と申しますると、徳川の天下は枝もならぬ時津風、弓は袋に、太刀は鞘、太平無事の頃でございます。

 ここに勢州津の城主・藤堂家の御藩中に於いて、禄百石を頂戴する杉立治兵衛、元は足軽で御座いますが、殿様の御眼鏡に適って、士分に御引立に預ったが、中々泰平の世に、いかに器量人でも、足軽から身を起こして百石を食むのは容易な事ではない。足軽、口軽、ひだるがる、鉄砲かつげば重たがる、家へ帰れば眠たがる、などと云われたもので、其の足軽の治兵衛、一躍して立身したので、勢い同輩から嫉まれる。治兵衛、左様いふ事もあろうと、万事控え目控え目にして出しゃばらぬように御奉公大事と勤めているが、他の者はそうは思いませぬ。

「何じゃい。意気地のない。彼奴が面を上げて歩いたのを見たことがないぞ」

「やっぱりお里が知れる。どうも仕方のないものだ」

却って、悪口を言うような有様。

折柄、御領内不作の為、産物の綿の出来が悪かった。国家老の藤堂図書、こういう時こそ、予て御倉に用意してある綿を売り下げて、庶民を救助致さねばならぬと、頻りに尽力しております。かくと聞いた杉立治兵衛、恐る恐る家老の屋敷へ出て参りました。

「ちと折り入って、御家老様に申し上げる筋が御座いまして推参致しました。よしなにご披露願います」

「しばらく待たっしゃい」

取次が奥に消える。間もなく出て参って、図書の部屋へ案内を致しました。

「杉立か、よう参ったな。何か、身共に内談の筋があるとやら、どういう事であるか」

「他でもございませぬ。此頃承りますると、綿の御倉払いをなさる御様子。左様でございましょうか」

「ウム、そうじゃ。今年は其方も知る通りの不作。領内の民百姓が殊の外難儀致しおる。民百姓が難儀を致せば、御殿様も御難儀を遊ばされる訳、これは今の内に何とか致さぬ事には、後悔致すような事にも相成る。それでな、御評議の末、倉払いをなさろうという事に相成った」

「左様にございまするか。手前如きが申し上げるも如何で御座いまするが、其の綿をもちまして、布地に織上ましたなら、綿で売るよりも一層の得分があろうかと存じますが」

「それは其方が言うまでもない。しかし左様に致すことが我々の手で出来るものではあるまい」

「では、で御座いまするが、恐れながら御領主様としまして、太平無事の際、御国産によって特分を図るのも至極大切な事かと存じ上げます。現に紀州領の松阪に於いては、松阪木綿と申すものを売り出しております。大層な評判で・・・。つきましては、当御領内に於いても、これにひけをとらぬ布を織り出しましたなら、必ず多分に捌けるかと存じます」

「名案じゃが、何ぞ其方に存じよりでもあるのか」

「はい。手前も元は卑しき足軽の身分。種々下様の事を存じおりまするゆえ、機織物の事も、いささか存じおりまする」

「では何か。其方が松阪木綿の向こうを張って織り出そうというのは、どういう品か」

「亀甲縞で御座います」

「ほう、面白そうじゃが、何か右の目論見書のようなものでもあるのか」

「したためて持参致しました」

懐から取り出しました書付、開いてみると、事細かに意見がしたためてある。機場の事から、木綿柄、売り捌きの手はずに至るまで万端手落ちがない。

図書も悉く感心致したが、自身一人の思惑で返事もならない。

其の日はそれで別れたが、これがもとで段々と相談に相成り、とうとう治兵衛の意見に従って、津に於いても亀甲縞を織り出そうという事に相成りました。

それから致して、安濃川のほとりに機場を造る、機織女を抱える、いやもう大層な仕掛けで、織も織ったり三十万反、いずれへ捌くかというと、第一が手近の大阪表、続いては江戸表、追々に街道筋へ広めようとの計画でございます。それにしても大阪の商人と引き合うてみる必要があるので、その道に心得のある野口太兵衛が、家老の内意を受けて、蔵屋敷へ出向きました。

「一反、どんな事にしても、八匁以上の売値がつかねば、売ってはならぬ」

家老から、こういう話。

「委細かしこまりました」

太兵衛は出入り商人の心斎橋筋 袴屋久右衛門店手代の助七という者を屋敷へ呼びました。

「実は此度、藤堂家御領内に於いて、亀甲縞を織出す事に相成ったが、いくらで引き取ってくれるか」

「お品を拝見しまへんには、何とも申し上げられまへん」

「品はこれにある」

と一反、助七に渡すと、商売柄いろいろと吟味いたしまして、

「左様でおますな。まず七匁が精一杯のところでおまっかな」

「七匁はひどい。もう少し何とかならぬものか」

「ほか様やおまへんし、日ごろご贔屓を受けまする御屋敷の事でおますさかい・・・左様、七匁五分・・・八匁にはとても頂けまへん。その辺がギリギリ決着のところでおます」

「どうも致し方ない」

「七匁五分なら、いつかて御取引致します」

「それだけ聞けば当方の役目は済んだと申すもの」

それで別れてしまった。元々この野口太兵衛にしてからが、足軽上がりの杉立治兵衛に対しては、良い感じを持ちません。

「治兵衛め、御家老様にゴマすって、何のかのと取り入っているが、彼奴のする事は、たいていこんなものだ。織物などというものは、素人がやってもうまく行くものではない。八匁に売れぬとあれば、彼奴も可哀そうだが、コリャ切腹ものじゃぞ」

返って来て、その通りに申し伝えますと、図書もガックリしました。何はともあれ治兵衛の耳に入れねばならぬと迎えの使いを出しました。治兵衛、何事かと来てみると、大阪表に於ける引合いの一条、これこれ云々の話。

「見込み違いというものは、往々にして有るもの。八匁に値が付かなくとも、これは致し方ない。御前体は然るべく取り繕うにより、こうなったら三十万反、七匁五分で売払って、後はもう織出させぬことだな。この仕事は折角だが思い切るより他に道はあるまい」

「まあ、お待ち下さい。私はどう考えても、一反十匁以上の品と心得ます。それが八匁より上の引合いが出来ぬとは不思議でございます。」

「でなければ相手が引き取らぬと言うから致し方はあるまい」

「そこが駆け引き、何も駆け引きは戦さの上ばかりではございませぬ。商売には商売の駆け引きというものがございます。風に従って帆を張れば船が走る道理、戦に戦機があれば、商いにも商機がございます。これはいずれも同じ事で、つきましては甚だ勝手で御座いまするが、手前、大阪表まで御遣わし願いたい」

「既に太兵衛が参っている。其方が行っても同じことではないかな」

「いえ、左様ばかりもございません。太兵衛殿は太兵衛殿、手前は手前、相手は同じでも掛け合い様は違うかと存じます」

「其方が苦心した亀甲縞ゆえ、思い切れぬのも無理はない。しからば念の為、其方がもう一度参るが良い」

「有難うございます。つきましては戦には兵粮弾薬というものが要りまするで」

「当たり前だ」

「同じように商売にも兵粮弾薬となるべき捨金がいります。二百金だけ御手元から頂いて参りたいと存じます」

「だがな治兵衛。当藩は三十二万石の御大身、百金、二百金の捨金は惜しむところでないが、みすみす損をせねばならぬ事が分かっておるのに、又その上に捨金を使うのは、こりゃ如何なものかな」

「損をすると仰せられますが、まだ今の処、確と分かってはおりませぬ手前が参りまして、この負け戦を勝ち戦にしてご覧に入れます。それには二百金の捨金が、どうしても入用かと心得ます」

「ウム・・・左様か。其方がそれ程までに申すなら二百金は遣わそうが、万々が一再び負け戦となったら如何いたすか」

「その時は治兵衛め、腹かっさばいて潔くお詫びを仕ります」

「その覚悟であるなら苦しゅうない。二百金、持って参れ」

図書は治兵衛のいいなりになって、金を渡しました。治兵衛はこれを懐にして大阪へやって参りましたが、こうなるともう必死でございます。生か死か、勝つか負けるか、七匁五分以上の値が付くか、或いは又、どうしてもそれだけの値はないものか。彼の働きよう一つで、万事は決まるのでございます。


治兵衛は、大阪の蔵屋敷に入ったが、さてなんという事もなく、ぶらぶら暮らしている。朝の中、ヒョッコリと外へ出るかと思うと又、日の暮れに町をぶらついて帰る。何処へ行って何をしてくれるのか誰にも分かりません。

下役のものが、不審がりました。

「杉立さんは、どういうご用向きでお出でなされたのかしら」

「俺にも分からぬ」

「まさか大阪をぶらついて来いという仰せがあったのでもあるまい」

「そんなことがあるものかな」

「だが、どうもおかしな事がある。実はあんまり妙なので、夕べ俺は後を付けてみた。すると、どうだろう。ブラリブラリと考え事をしながら、町を歩いていなさる。そうかと思うと見世物小屋の前へお立ちになって、しきりに看板を見て感心の態でいなさる。どうも何が何だか分からない」

「へえ、そういうことがあるのかい」

みんな噂をしているが、しまいには馬鹿馬鹿しくて誰も後などつけなくなる。

「もう、ここらで良かろう」

と、治兵衛はある日の事、心斎橋筋 袴屋久右衛門の店へブラリと入っていきました。

「許せよ」

「おいでやァす」

店にいた番頭が迎える。

「当家の手代に助七と申すものがおるか」

「ヘイ、おりますでございます。ただいま奥蔵で働いておりますが・・・」

「ちと話したい筋がある。これへ呼んでもらえぬか」

「宜しゅうおます。マァ、お上がりやす」

座布団を出す、茶を汲んでくる。そのうちに丁稚が呼びに行ったと見え、助七がそれへ参りました。

「手前、助七と申します。毎度ご贔屓で、おおきに」

「いや、拙者は初めて当家へ参ったのだ」

「ああ、左様かいな。どなたはんでおますか」

「藤堂家の杉立治兵衛と申すものだ」

「そやったら御蔵屋敷の方へ、始終御伺いしておりますさかい。御用の節はお呼び下はれば、チャッと参じますに、わざわざ御出まし下はりまして、えろう御無礼を申しました」

「いや、それ程の用事でもない。つかぬことを尋ねるが、先般、野口太兵衛殿が参られた折に、亀甲縞の引き合いを致したは御身だったな」

「はい、手前でおます」

「聞くところによると、あれは七匁五分がギリギリ結着、八匁には値付けが出来ぬというたそうだが、確と左様であるか」

「はい。どうも偉うすみまへんが左様でおます」

「しからば尋ねるが、これ此処にある品は、何ほどぐらいか」

「これでおますかいな。一反七匁五分だす」

「亀甲縞と比べると、どちらが良いか」

「さても御話になりまへん。亀甲縞の方が数段よろしゅうおます」

「ああ、左様か。その先にある品は何ほどか」

「これはちと気張ったお品だすよって、一反十二匁でございます」

「亀甲縞と比べるとどうか」

「これやかて亀甲縞と比べますと、お品がちと落ちまんな」

「成程。それならなお尋ねるが、此処にある七匁五分の品は比べ物にならぬ。十二匁の品といえども亀甲縞より落ちるとこういうわけじゃな」

「ハイ、そうでおます」

「コレ助七。前へ出ろ」

「ヘエ」

と助七は目をパチクリしている。

「前へ出ろ」

「御立腹では偉うすみまへん。決して悪気で申し上げた訳やおまへん」

「だが聞き捨てならぬ事を申すぞ。七匁五分の品は比べ物にならぬ。十二匁の品といえども亀甲縞より落ちるということなら、なぜ亀甲縞に八匁の値付けが出来ぬか。もとより商売柄、利得を見るのは当然だが、余りと言えば法外なる仕打ち、問うに及ばず語るに落ちるとは、貴様の事だ。さあどうだ、申し開きがあるか」

治兵衛は詰め寄せました。

「御尤もでおます。実は旦那様の前でおますが、品物と申すものは、店へ並べて置きましても、客足の早うつくものと、そやないものがおますさかい。何程上等のお品やかて一旦手前へ御取引申しまして、とんと買い手がおまへんやったら、こりゃ、手前共で品物を寝かしておかんならんさかい。その金利たら、どえらいもんだっせ。そやよって飛ぶように売れるお品なら品物がちと位、悪うおましても八匁でも十二匁でも出来るだけの高値で頂けまんが、其処が商法の難しい処。失礼でおますが、旦那様方には、その駆け引きがお分かりになりまへんさかい、ただ今のような御叱も受けますのや。此処が手前共でも商いの誠に辛いとこでおます。どうぞ悪う思わんでおくれやす」

「ム、左様か・・・御身に聞いてみると成程と頷ける。いや、拙者が悪かった。平に謝る。」

杉立にも、やっと了解がつきました。

「いずれまた参るであろうが・・・今日はこれで失礼いたす。大きに拙者の蒙をひらいてくれて有難い」

そう言って、袴屋を立ち出でたが、帰る道すがら、治兵衛は考えました。

「これはいかん。悪くすると腹を切らねばならぬぞ。いかにも助七の申し条は尤もだ。餅屋は餅屋、素人料簡、畑水練は役に立たぬな。しかし、それにしても三十万反、何とかして一反八匁で売る工夫はあるまいか。いよいよいかぬとなれば、折角の御奉公が水の泡となる。君公に捧げた一命はもとより惜しむ処ではないが、見込み違いを致したのでは、腹を切っただけでは収まらぬ。困ったことになったわい」

さればと云って格別、上分別も浮かばない。そのまま屋敷へ戻って来ました。

「ええ、杉立殿、今日はどちらへお越しでござりましたか」

下役が出て来て尋ねる。

「む、相変わらずだ」

「やっぱりブラブラで・・・」

「恐れ入ったな。そうだ、そのブラブラだ」

「何か落ちていましたか」

「ひどいことを申す。拙者を屑拾いとでも思っているのか」

「でも、下ばかり向いてブラブラしていなさる処は、どう見ても財布は落ちていないかな、ガマ口は落ちていないかという格好でございますよ」

「そう見えるか。だがあれは拙者の病でどうも致し方ない。時にこうクシャクシャしてならぬが、何か見て面白いもの、聞いて面白いもの、気の晴れるようなものはないかな」

「そりゃ、ございますよ」

「一つ、案内を頼みたいものだが」

「明日から、中の芝居が明きます。大変な人気でございますが、御出かけなされたらどんなもので」

「芝居というやつ、あれは女子供には面白いかも知らぬが、拙者の様な無骨者には向くまい」

「なに、そうじゃございません。今度来た役者は名代の荒事師でございます」

「誰だ」

「江戸から初上りの二代目・市川団十郎という素晴らしい役者だそうで」

「もう乗り込んでいるのか」

「はい。昨夜、初音という宿へ着きましたが、大変な騒ぎで。篝火を焚いて、出迎えの者が押すな押すなの騒ぎ、それがいずれも弁当持ちで、今もって地べたに座っております。今に団十郎が窓を開けて顔を出すだろう。鼻紙でも捨てるだろう。そうしたら拾って末代迄の宝物にしようなどと、各自に頑張っております。酷いのになると、握飯を七つも八つも用意していて、どうしても団十郎の顔を一度拝まぬ内は、此処を退く訳にいかぬと、力んでいるのもある位。どうも、素晴らしい人気でございます」

「しめた!」

この時、治兵衛が大声を上げました。

「ど、どうなされました。握飯を用意させましょうか」

「うむ、拙者もその団十郎の顔を見たい」

「だが、明日の朝まで地べたに座っていなくちゃァ、なりませんが」

「そんな事では面倒だ。拙者は思い立ったら、今にも会いたい。これから直ぐに出かける」

「そんな事をおっしゃって、会ってくれますかな」

「刀にかけても会ってみせる」

座を立ち上がった権幕の恐ろしさ、下役の者も驚きました。

「これはどうも、少々気がふれたかな。する事も言う事も奇怪だぞ」

と眉をひそめましたが、御当人は一向平気、土産物の支度をさせ、供を連れて悠々と初音へ乗り込みました。

来てみると噂に違わず門前は一杯の人だかり。

「成田屋ァー日本一」

「顔見せてんか、一寸見せておくれー、頼みますぜーッ」

何のかのと騒いでいる。まだ芝居の蓋を開けぬ以前からこういう景気では、明日からの芝居が思いやられる。

一番目は妹背山、中幕は蝶花形、二番目は雲龍清左衛門、番組はもう決まっている。広い大阪中が、団十郎の為に煮えくり返るような騒ぎでございます。

やがて初音の玄関口。

「頼もう」

取次に出た男衆、

「へえ、どなた様でございます」

「拙者は藤堂家の家臣、杉立治兵衛と申す。市川団十郎殿初上りと承り、心ばかりの祝いの品を持参してござる」

「これはどうも恐れ入りましてございます」

「ついては団十郎殿を男と見込んでも拙者が折り入ってお願いしたい儀がござる。お手間は取らせぬ。是非とも御意を得たいとご披露下されい」

男衆は驚いたが畏まって、団十郎の部屋へ取って返しまして、

「親方さん。藤堂家の御家中で杉立治兵衛とやら仰る方が、親方さんを男と見込んで頼みたいことがある。是非とも会わせろと、こう申しています」

「何、数ならぬ俺を男と見込んで頼むと。そりゃ一体何だね」

「まだ何とも仰いません」

「不思議なこともあるものだ。ともかく丁重にご案内申し上げておくれ。そして団十郎、直ぐにお目にかかりますとな」

「ようございます」

杉立治兵衛は案内されて、一間へ通りました。

初めて会った団十郎、始めて意中を語る杉立治兵衛、二人の間にはどういう約束が成り立ったのでございましょうか。貞丈立聞き致しませぬので、話の様子は、とんと分かりかねまする。


 河原者と一口にさげすまれたその頃ほひにあって、この二代目団十郎は一見識あった人物でございます。品行も至って正しく、どんな贔屓筋でも相手が婦人客ならば宴席へ連なるのを断ったと申す位。杉立治兵衛は団十郎に会って屋敷へ引き上げて来ると、下役の面々が、

「如何でございました。顔を見て参りましたか」

「ウム、見て来た」

「それは結構でございます。だが貴方が顔を見たばかりでは面白くない。手前共にもおすそ分けを願いたいもので」

「総見の約束をしてきたから安心しなさい」

「それはいつでございます」

「明日だ。初日だ。心祝いに今夜は御一同に一献差し上げる。拙者も名代の団十郎に会って、気が晴々致した」

「それはどうも」

下役を連れて、料理屋へ上がる。芸妓を呼べ、酒を持てと大変な振る舞い。下役の者は内心、ビクビクものでございます。

「おいおい、こんな大尽遊びをして大事無いのか。どうも気がかりだ」

「陽気の加減で狂っているのかもしれない」

「御国表にこんな事が知れたなら、只事では済むまいが・・・第一そんなに金のある筈がないのだが、どうしたものだ。下手をすると割り勘などと来やしないか」

「何でも潮合を見て、早く逃げ出す事だぜ」

ひそひそささやいております処へ、芸者が来る、お酌が来る。

「どうだ一同、団十郎の顔を見た者があるか」

「いいえ、私まだ知らんさかい。どないな美い男だっしゃろ」

「明日から蓋が明きまんのや」

「荒事師やさかい。きっとキリリシャンとした男らしいお男だっせ」

女共は芝居となると、夢中でございます。

「手前達、そんなに見たいか」

「ええ、もう見とうて見とうてなりまへんわいな」

「よし。拙者が連れて行ってつかわす」

「ほんまだっか、オウ嬉し」

「私も」

「私も行って大事おまへんか」

「誰でも、彼でも皆、連れて行ってやる。一人残らず見せてつかわす」

下役は、この大束を聞いて益々呆れてしまった。

「こりゃ、とうとうホンモノだ」

顔色を変えている。

「ところで一つ、拙者の云う事を聞かぬといかん、承知か」

「連れて行んでおくれやすなら、どないな事かて聞きまっせ」

「手前達に揃いの浴衣をつかわす。必ず明日までに仕立てて、その浴衣を着て参るのだ。もし他の衣類を着て参るに於いては破約だ。承知か」

「芝居見せておくれやした上に、浴衣までくれはる。こないな良い事おまへんがな。きっと着て行きますさかい、どうぞ頂かせておくれやす」

「帰りに一反ずつ持って行け。ここの帳場に預けてあるぞ」

芸者達は大福で頬っぺたを叩かれるように喜んだが、驚いたのは下役連。

「やれやれ、とんだキ印に捕まった。しかしまさか巻き添えをくってお役御免になる事もあるまい」

「何とも分からぬ。だが芝居も観たいものだ。構わぬ、どうなるか押しかけて見ろ」

「よかろう」

こうなると却って腹が据わってくる。そうなると、その夜は賑やかにはしゃいで屋敷に戻ってくる。芸者共は、一晩の内に揃いの浴衣を作らねばならないから、いずれもてんてこ舞いだが、これを着て行かぬと、団十郎の顔が見られぬとあって、それぞれ手を回して用意を致しました。

さて次の日は、中の芝居の初日。初上りの団十郎の芸というよりも、顔を見たさの見物が暗い内から詰めかけて、満場ギッシリと詰まってしまいました。

この時、東の桟敷を打ち抜いて七、八十名の芸者に囲まれた治兵衛一党、いずれも亀甲縞揃いの浴衣を着ているのが、ひときわ目立って見えました。見物人はいずれも目をみはっている。

「いよう、お揃いや」

「ホウ、何やろう。つい見た事のない縞物やが、何やろな」

「えろう粋な柄やが、団十郎はんが来やはったよって、出来たんやないか」

誰も彼も、桟敷ばかり見ている。

治兵衛は心の内、そろそろ薬が効いて参ったぞと、胸を躍らせている。その内に幕が開く。一番目の狂言、中幕も無事済んで、見物人は団十郎の妙技にうっとりと酔わされました。

やがて二番目狂言、雲龍清左衛門の幕が開く。これは明石の与次兵衛という御芝居。徳川家全盛の頃は差支えあって、明石の与次兵衛という名を変えて、雲龍清左衛門と致したものでございます。初めは子役を使って見物の袖を絞らせ、二幕目が開くと、舞台一面の御座船。これへ乗っているのが、関白秀吉。

ところへ抜き足差し足忍び寄ったる清左衛門、ものも言わず斬りつけます。おのれ無礼者!と秀吉体を躱して手近の物を取って投げつけます。者ども、出合え!出合え!の声にバラバラと舞台へ駆けつける十二、三人。これから太立ち廻りの剣劇となります。

今も昔も変わらぬ事、剣劇はやはり大もてで、見物人は息を殺してみている。団十郎の雲龍清左衛門、多勢を相手にして一方の血路を開いてドブーンと水中へ身を躍らす。

途端に浅葱幕が上から下りて、ドドン、ドンドンという波の音を被せ、やがてこの浅葱幕をさっと切って落とすと、舞台はたちまち変わる青海原。真ん中に大きな岩が一つ、刀を口に咥えた清左衛門が、抜き手を切ってここへ泳ぎ着くと、岩の上に這い上がってホット一息。

グッショリ水に濡れた厚司を脱ぐと、見物人がアッと言って驚きました。

「ヤア、団十郎も着とるぜ」

「ほんまや、向かいの桟敷に居やはる芸妓衆の浴衣と同じや」

「ヘェ、団十郎はんが芸妓にやりはったんかいな」

「芸妓が団十郎はんにくれはったか。気疎い事やないか」

見物人が舞台と桟敷とを見比べております。すると舞台の団十郎。ここで大見得をきって台詞が始まる。見物人は、水を打った様にシーンとなって、腹の底から出てくる様な名調子に耳を傾ける。

「東から、鎌倉海老の遠遊び、品川沖を跳ね出して、伊豆の下田を泳ぎ越し、遠州灘の荒浪に、揉まれて上る荒事師、鳥羽の港や伊勢津から、髭を揃えて難波津へ、藤堂来る土産には、和泉の水に晒したる、白地に織った亀甲縞、三升に擬う縞柄を、浴衣に揃い御贔屓を、偏に願うは市川流の成田屋が、御世辞ではない真実に、御礼と共に売出しを、勝手次第に隅から隅まで願ふは船頭清左衛門・・・」

これを聞くと見物席がワアッ!と湧き立つ。

「成田屋ァー」

「亀甲縞ァ・・・あれは亀甲縞やそうな。えろう粋な柄や」

初めて亀甲縞の名が、見物人の口々に唱えられるようになりました。

芝居がはねゾロゾロと、木戸口を出ると、治兵衛の連れて来た芸妓が、茶屋の二階の欄干にもたれている。

「いるぞ、いるぞ、亀甲縞ァ、亀甲縞ァ」

皆、立ち止まって見とれている。この時、たちまち聞こえる歌の声。

「市川栢莚はんの初上り、好みに織った亀甲縞、これ結構の始まり。亀甲縞を着ぬ者は、この世に生まれた甲斐がない。さぁさ着なはれ、着なはれ!」

いや、驚いたのは見物人。亀甲縞を着ない者は、この世に生まれた甲斐がないとあっては、黙っていられない。何も一反、百両するの千両するのという訳ではない。それ行け、やれ行けと、気早の難波っ子がドッと呉服屋へ押し出したが、これはいかない、どこにもない。

「心斎橋筋の袴屋で引き受けるそうな」

「そうか、袴屋へ行け」

袴屋では、前に野口太兵衛から話があったので、どんどんと注文を引き受けます。一反七匁五分の値付けをしたが、こうなったら八匁出して引き取ろうという算段でございます。

こちらは治兵衛。思う図に嵌ったので蔵屋敷にあって、注文の来るのを待ち受けている処へ、袴屋の手代・助七が駆け込んで参りました。

「御国表から御越しなされた杉立様に御目にかかりとうございます」

「ああ、左様か」

取次が治兵衛に伝えると、莞爾として客間に現れました。

「オゥ、助七か。この間は誠にすまなかったな。許せよ」

「ど、どう仕りまして、御挨拶では私が面目おまへん。今日はちと御願いの筋がおまして参事じました。ヘェ」

「何か知らぬが、実はな。火急の用が出来して、ただ今から国表に立ち返らねばならぬ。今、駕籠の支度を致させた処だ。また出直して参るにより、その節に致してくれぬか」

「いえ、御手間はかけまへん。ちょっと先だっての亀甲縞の事でおますがな」

「だが御手前の方の値付けが一反七匁五分という事であったな。品は良いが買い手が付かぬという事であった」

「ヘェ、左様で・・・」

「七匁五分では、この方も損を致す。といって買い手のつかぬものを、それ以上に値付させる事も叶うまい。で、あればとくと考えてみる事に致した」

「そう因業言やはらんで、手前にお願い致しとうおます。買い手が付きましたよってに、八匁で頂きとうおます」

「待てよ、助七。買い手がつけば、あの品は御手前の店で売っている一反十二匁の品より宜しいという事であったな。してみると十二匁五分の値はつくな」

「へ、ヘヘエ」

「それだけの品ならば、十二匁五分で引き取っても御手前の方では十分利得を見て売ることが出来ようが、如何であるな。・・・駕籠の支度ができたなら、これから直ぐに国元へ戻らねばならぬ。まぁ御手前の方でも、その辺の処をとっくりと考えて見てくれぬか」

「旦那様、そりゃあんまり阿漕や」

「十二匁五分で宜しければ、ただ今引合いを致そう。駕籠が来ると、また二匁五分上がって十五匁になるぞ。買うなら今の内だ。どうであるな」

「どうも旦那様の御駆け引きは、玄人はだしや。宜しゅうおます。十二匁五分で頂きましょう」

「そうか、それならすぐに取引を致そうか」

そこで、袴屋の外にも市中の主なる呉服店が、我も我もと押しかけてきて、三十万反はたちどころに品切れとなる。終いには一反二十匁の高値がついて、それでも飛ぶように売れたという。全く団十郎の生きた広告のお陰でございます。

治兵衛の喜びいかばかり。これ一つに団十郎の任侠の力である。初め杉立が会った際、杉立は何もかも打ち明けての内談。

「足軽上がりの拙者でも、君公の為に御奉公申し上ぐる一念は何人にも劣るものではない。此の度の亀甲縞も、為よかれしと目論んだのであるが、買い手が付かぬので捌き口もない。このままでは拙者は腹かっさばいて死なねばならぬ。死ぬのは何とも思わぬが、せっかくの苦心が水の泡となるのがいかにも残念。御身を男と見込んで頼むのはここだ。ぜひ今度の舞台で、この亀甲縞を披露して貰いたい。拙者の一命、殺すも生かすも、一に御身のご返事次第で決まる。どうであろうか」

誠心を込めた一言。

「数ならぬ私を男と見込んでの御相談。この団十郎、男となって進ぜます。御安心下さい」

団十郎もスッパリと引き受けました。

この顛末を知らぬ見物人は、団十郎が亀甲縞を着て舞台に出たばかりか、御披露目の台詞まで述べ立てたので、大層な人気を煽ったのでございます。

以来、杉立治兵衛と団十郎とは義兄弟同様の交際を重ねた。稲妻や昨日は東、今日は西、どこにあっても音問を欠かしたことはなかったという。

思い設けぬ商機を捉えて、二万有余両を勝ち得たる治兵衛。これを十頭の馬に載せ、国元さして意気揚々と戻って来る。

風薫る伊勢路、ジャランジャランと、鈴の音も晴れやかに、あれ見よ、藤堂様の名物男・杉立治兵衛が一山当てて、晴れのお国入りじゃと大層な評判、治兵衛ことごとく面目を施しました。

治兵衛の顔を見ると、あれは亀甲縞じゃ、亀甲縞の治兵衛じゃと、亀甲縞と治兵衛とは、離れぬ事の出来ぬ名前となったという。この人、後に段の原の開墾に従事して、一代の内に七千五百石の食禄に登用されたということでございます。



【解説】

 冒頭に書いた様に、この物語の主人公・杉立治兵衛は実在の人物である。物語では、杉立治兵衛とあるが、正しくは杉立治平であって、諱を政意という。


 「足軽から出世した」というのは、まったくの作り話で、杉立家は元、六角氏の麾下で、近江国屋守城主であった。浅井氏、織田氏の侵攻で浪人となり、柴田勝家に仕え、その後、杉立九郎左衛門高政が、慶長五年、田中林齋と八十島道除の取次によって藤堂高虎に千石で召し抱えられた。

 藤堂家臣・杉立家の初代は、この高政である。以降、代々藤堂家に歴仕し、伊賀上野城下に住んだ。


 亀甲縞の物語に登場する杉立治平政意の家は、伊賀附家臣・杉立家の分家筋に当たる。同家は代々、優秀な人物が続いた様で、微禄から昇進し、政意も当初は四百石であったが、伊賀の横目役から、大和古市奉行所の添奉行、城和加判奉行と出世を重ね、ついには伊賀の民政長官である加判奉行に昇格した。

二代目・市川団十郎との邂逅は、政意が古市奉行所に異動になった直後のことで、四十四歳のときであった。

 杉立氏は、廃藩後、官吏として身を起こし、子孫には明治期の外交官・杉立一二氏、その嗣子で大正~昭和十九年まで同じく外交官を務めた杉立政正氏がいて、まさに能吏の家柄であった。その後のご子孫の足跡は不明である。


















三重県伊賀市に残る杉立治平政意の墓碑

明和二年十月七日、死去。



詳しくは、下記の拙著をご覧ください。




















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