家臣雑録に堀内家を追加しました。
堀内家 紀伊国新宮城主であった堀内安房守氏善の子である氏治を初代とする。 氏治は、父と共に加藤清正に預けられて後、その家臣となっていたが、寛永九年、加藤忠広の 改易により浪人となったため、藤堂家に召し抱えられた。 ⇒続きはこちら
家臣雑録に須知家を追加しました。
須知家 元、毛利高政臣で、慶長の朝鮮役の際に高虎に召し抱えられた須知出羽定信を初代とする。 定信は、始め主水と称したが、元和年中に先祖の名に倣ったらしく出羽と改めた。 ⇒続きはこちら
家臣雑録に「細川家 新陰流師範 田中家と藤堂家臣 田中家」を追加しました
細川家 新陰流師範 田中家と藤堂家臣 田中家 ⇒こちら 肥後熊本藩三代藩主・細川綱利の新陰流兵法指南役であった田中甚兵衛明親と藤堂家の関係が以前から気になっていたので整理してみることにした。
家臣雑録に「柳生家と藤堂家臣」を追加しました。
柳生家と藤堂家臣 柳生家の縁辺で藤堂家に召し出された家臣が複数いるのでまとめてみた。⇒こちら 1.柳生九左衛門宗次 宗次は、柳生但馬守宗矩の甥(姉の子)で、大塩九左衛門の子である。 2.田中平右衛門 高虎に仕えた田中平右衛門吉周は、大塩九左衛門の娘を妻としてい...
家臣雑録に坂井家、粟屋家を追加しました。
坂井家 ⇒こちら 丹羽長重旧臣で高虎に仕えた坂井土佐直義を初代とする。 丹羽家では千五百石取りであった。慶長十四年、高虎に召し出され、千石を給されて母衣組に列する。大坂両陣には黒母衣組に所属し、翌年の夏陣には黒母衣組の母衣頭を務めて大功を挙げ『四本鑓』の一人に数えられた。...
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